真面目に、自由に、漆器づくりに取り組む。
漆の産地・二戸市浄法寺町に隣接する八幡平市北部(旧安代町)では、藩政時代から、一帯に自生する漆と安比川上流の原生林を使った、「荒沢漆器」がつくられていました。
昭和に入ると、プラスチック製品など安価な食器の流入により途絶えましたが、1973年に安代町漆器センター(現・八幡平市安代漆工技術センター)が、岩手県工業試験場(現・岩手県工業技術センター)の支援を得ながら、「安比塗」という名前で再興。その後、同センターで漆工を学んだ修了生たちが、引き続き技を磨きながら安比塗を制作・販売する場として設立されたのが、『安比塗漆器工房』です。2017年には4人の女性塗師が「安比塗企業組合」を立ち上げ、運営しています。
水玉や花のすかし柄など、自由な発想の漆器も
安比塗の特徴の一つが、シンプルで飽きがこないデザインです。「荒沢漆器の古い椀やさまざまな漆器を集めて測定・平均化し、良い部分を合わせてつくったのが、安比塗です。奇をてらったデザインは、最初は目を引くけれどその後はすぐに消えてしまう。それよりも、長い間使ってもらえる漆器をつくりたかったんです」と説明するのは、センター設立時から職人を指導してきた元・副所長の冨士原文隆さん。冨士原さんによると、四寸の汁椀は当時のまま、三寸八分の飯椀も昔の飯椀を原型にしたものだそうです。
一方で同工房では、表面に水玉を付けた椀や、光の加減で花の絵柄が控えめに浮かび上がる椀など、現代人の嗜好を意識した漆器も販売。
「センターで研修していた頃から、冨士原先生は『面白い』と自由にやらせてくれました。その自由な漆器づくりも、うちの工房の特徴だと思います」と代表の工藤理沙さんは話します。
真珠にたとえられる独特の光沢をもつ「安比塗」
安比塗は、真珠にたとえられる独特の光沢と、深い色合い・質感が大きな魅力。それをつくり出しているのが、木地に生漆をしみこませる「木固め」、下塗り、中塗り、上塗りという工程と、上塗りのあとに仕上げの研磨をほどこさない「塗り立て」という技法です。
塗っては研ぎ、研いでは塗るという作業を繰り返して漆を塗り重ねるだけに、塗りの作業にはごまかしがきかず、細心の注意が必要。時には塗り面をきれいに仕上げるために、塗る前の木地の曲面に塗師自ら手を入れることもあるといいます。
また、最後の上塗りには浄法寺漆を使用。これも、深い色合いと質感を生み出すためのポイントです。
「漆は自社精製」のこだわり
塗り重ねにより美しく仕上げるために、もう一つ同工房がこだわっているのが、漆の自社精製です。「漆は精製作業によって粘度や光沢が変わり、塗りの仕上がりに影響が出るので、気候や天候を考慮しながら精製しています」と工藤さん。塗りの作業に加えてここにも、真面目な仕事ぶりがうかがえます。
また、木地はすべて国産材で、ミズメザクラ、トチ、センなどゆがみが出にくい種類が中心。しかも、丈夫で割れにくい縦挽きを選んでいます。それでもカケやキズができたら、修理にも対応。使っているうちに上塗りがはげてしまった場合などは、塗り直しも行っています。
しっとりつややかながら「強さ」も感じさせる安比塗。そこには、さまざまな人たちの「長く使ってほしい」という思いが詰まっています。
安比塗漆器工房さん
旧安代町に創設された八幡平市安代漆技術研究センターの修了生が、安比塗を制作・販売できる施設として設立。工房と隣接するショップでは、さまざまな作り手の漆器が並び、直接購入できる。
(撮影/minokamo 長尾明子)