岩手とホームスパン
「ホームスパン」とは、羊毛を手で紡ぎ、手織りしたもの。イギリスで発展したホームスパンの技術は、明治期に日本へと渡ってきました。明治期後半から大正期にかけて世界的戦争が続くなか、軍服用の毛織物を輸入したのがそのはじまり。そして、毛織物の需要が徐々に高まるにつれ、国は毛織物の自給体制を整えるために、北海道や長野、福島、岩手などでめん羊事業を推進していったのです。
大正期以降、岩手でも農家を中心にめん羊飼養や羊毛加工が盛んになっていきました。一方で、民藝の「実用と美」の精神に魅せられた及川全三氏(東和町出身)が、工芸品としてホームスパンの価値を高めていきました。かつては北海道や長野などでも盛んだったホームスパンですが、今、地場産業として残るのは岩手県のみです。太平洋戦争後、繊維の多様化に伴ってホームスパンが衰退する中、岩手県には県の機関による継続的支援があったことが、今に続く大きな後押しになったといえます。
加えて、一つのことに粘り強く取り組む、実直でまっすぐな岩手人の気質があってこそ、古くからの技が残り、工房ごとの個性が育まれてきました。現在は、盛岡市近郊、東和町を中心に工房や作家たちが、それぞれのやり方でホームスパンの技術を生かしたモノづくりを行っています。
身にまとう時間が待ち遠しい 岩手県産羊毛100%のブランケット
滝沢市在住のホームスパン作家・森由美子さん。岩手に伝わるホームスパンの伝統的な技術を受け継ぎ、新しいデザインや森さんならではの色づかいで作品を展開しています。手紡ぎ糸で手織りしたホームスパンは軽くて保温性が高く、コートの上に羽織って出かけたり、部屋のなかで膝掛けに使ったり、肩から腰を温めたり。様々なシーンで活躍します。
今回紹介するのは、冬の寒さからやさしく身体を守る大判ブランケット。落ち着いたグレーベースの北欧調デザインは表裏それぞれ2つの表情を楽しめます。素材はすべて、岩手県産羊毛サフォーク種の羊から頂いた羊毛です。
サフォーク種は、毛足が短めで弾力があり、ストール、ジャケット、ブランケット等の手織り物、ニット用の紡ぎ糸、フェルトなど幅広く活用できます。しかし、遊休農地の草処理や肉用に育てられた羊の県産羊毛は、使わずに廃棄されていました。そんななか、数年前から岩手県と生産者、そしてホームスパンの作り手が一体となり、県産羊毛を活用する「i-wool(アイウール)プロジェクト」に着手。その活動は、地域資源循環の貴重な取り組みとして、2020年のグッドデザイン賞を受賞しています。
岩手で育った羊の毛を丁寧に洗って紡いで手織りしてでき上がった、森由美子さんのホームスパンブランケット。使うほどに布としてのしなやかさが増し、母から娘へ受け継ぐことで100年先まで使い続けることができます。
森由美子さん森工房
同志社大学文学部文化学科美学・芸術学専攻卒業後、蟻川工房に弟子入り。その後、兵庫県芦屋市滴翠美術館染織研究所でホームスパン教室講師を務めたのち、京都で染織教室を開き、関西を中心に活躍。現在は、岩手県滝沢市に工房を構えて染織教室も開く。