足全体に自然な温もり。
花巻市東和町に暮らす山本実紀さんは、2頭の羊(チェビオット種)を飼い、その羊毛を使ったウール作品を緩やかなペースで続けてきました。また一方で、サフォーク種の国産ウールを活用した「サフォーク靴下」の企画販売を行っています。
山本さんの「サフォーク靴下」が心地いいのは、繊維がゆるりと肌を包む感触。足の指を動かしても、窮屈な感じがしないこと。それでいて、「靴下を履いている」ちょうどいい実感があることです。足全体が、暖かいというよりも寒さを感じない自然な温もりがあるのはウールならではの通気の良さでしょうか。意外にも、真夏の炎天下以外なら通年履くことができるので、買い足しながら使い続ける人が多いかもしれません。
国産ウールを生かした靴下。
この靴下は、「日本にいる羊の毛をもっと活用できたら」という、山本さんの素朴な思いから生まれたものです。羊毛は、一年に一度、羊がくれる大切なプレゼント。私たち人間は、そこから様々なウール製品を作り出して使ってきました。しかし、今の日本で使われる羊毛は外国産がほとんどで、身近なところでとれるウールをまだまだ生かしきれていない現状があります。
30年程前に働いていた住田町の会社で、毛刈りしたばかりの羊毛に触れた時の「羊の体温」が忘れられないと話す山本さん。それはもしかして、糸になったウールしか知らなければ気づかなかった感覚かもしれません。当時、国内で飼われている羊のほとんどが肉用種のサフォークでした。肉用としてのみ使われ、せっかくとれる羊毛が生かしきれていない。そのことに感じた違和感から国産羊毛の可能性を模索していく中、一つの形として「サフォーク靴下」ができたのです。
羊毛にあった用途を考える。
「なぜサフォーク種かというと、国産で一番多い品種なのに、ウールが使われていなかったから。食用として繁殖させてきた国産羊のウールは使えないというのが常識でした。でも、実際に毎年データをとってみると飼育環境によって草や藁などのゴミが多い場合もあるけれど、品質的には何も問題なかった。大切なのはウールに合った用途を考えることでした」と山本さん。
現在、靴下の素材は北海道にある牧場の羊毛を使っています。生後初めての毛刈りでとれる細めの羊毛です。牧場でゴミや裾の汚れを取り除いた原毛は、洗い作業のため大阪に送り、紡毛糸を紡ぐ技術を持つ愛知県の紡績会社で製糸され、奈良県の靴下工場で商品となって、山本さんのもとに届くのです。
サフォーク靴下は、岩手の素材を使うわけではないし、山本さん自身が紡ぐわけでもありません。ただ言えるのは、岩手という風土でサフォークに出会った山本さんがいてこそ生まれ、つくる道筋ができたということです。
今、山本さんは、東和町の毒沢地区にある古い民家で,「ヒメッチ」とその子羊「くるるん」の2頭と共に暮らしています。そして、羊たちのくれる羊毛を紡ぎ、織るという仕事を続けながら、ウールという素材をどんな風に生活に生かしていくか、やはり変わらず、ゆっくりと考えています。例えば、大掛かりな道具を使わない古い織りの技法を試してみることや、ほころんだ織布を繕いながら使い切ることなど……。かつて人々が、暮らしの傍に羊を飼っていた時代のように。
山本実紀さんカントリー・ヘッジ
東京都出身。女子美短大でテキスタイルを学んだ後、岩手県住田町で羊飼育を事業として取り組む㈱種山ヶ原のオーナーに誘われて同社に入社。羊毛の企画開発部門担当者として、さまざまな調査や活動、商品開発に関わった。
その過程で毛織物作家・大久保芙由子さんに師事。退職後は、自ら羊を飼い、その羊毛を使ったウール作品をつくる「はらっぱ・羊」を主宰。
また一方で、国産ウールを活用した靴下やセーターなどの企画販売などを行う「カントリー・ヘッジ」を主宰する。