役割を決めすぎない器をつくる。
自然光の差す松田さんの工房を訪ねると、ロクロの回る静かなリズムに包まれていました。ふと様子を覗くうち、ロクロで成形した素地(きじ)は、さっと素焼きの型の上へと移され、ぴったりと収まります。型が携えたきっぱりとしたフォルムを素地が受け取り、型を外して器の形状が現れた瞬間、惚れ惚れとする美しさを放っていました。
「型打ちに惹かれたんですよね。薄く、均一に、型と合わせてぴったり重なるように作りあげるロクロ成形は、手仕事による確かな技術がなければできない伝統的技法。でも、型さえあれば、丸い皿だけでなく、いろんなデザインを生み出し、半永久的に作り続けられる、そんな魅力があります」。
定番のフリーカップは、片手でも滑らず持てるよう12の面取りをしています。光のあたる面がうっすら透け、磁器独自の美しさを醸しますが、松田さんはフリーカップをガラスの薄さにどう迫るか、意識しすぎた時期があったと振り返ります。しかし、ガラスと磁器それぞれにある良さに気づき、めざす着地点が見えたのだとか。
「やはりビールはガラスのグラスがよく似合います(笑)。磁器の持つ力を生かすには、よく見ると透けるくらいが程よいので、食卓で幅広く使ってもらいたい。たとえば、カップ一つでも、マグカップだけに使うのではなく、サラダに使ってみたり、使い方に多様性がある器を作りたいですね」。
そこには、料理でもてなすことが大好きな、松田さんの素顔が垣間見えます。
素材となる陶石をどう生かすか。
取材で訪ねた日は、ちょうど新しいアイテムの“桃皿”を制作中でした。
「普段は左右対象のものが多いのですが、対象ではないものを作りたいと思ったんですよね。ただ、型は無限に作ることができるゆえ、カタチを決めるまで時間がかかります」と松田さん。
桃皿も然り。何度か試行してできあがったのは、ぽってりとしたフォルムにキレの良いラインが生み出す絶妙なバランスを持つ、どこか愛嬌を感じるひと皿です。桃は吉祥文(きっしょうもん)のひとつで、縁起が良く格式ある文様。中国の古い絵皿にもよく使われており、正月や節句の料理などに重宝しそうです。
自身の作った生地を絵付け師に提供する仕事と並行し、桜雲窯としての作品も販売しますが、「絵付けをしようとは思わない」ときっぱり。素材となる陶石をどう生かすか、ザインにどう取り組むか、と言い切ります。白と一言でいっても、そのバリエーション豊富。「白をカタチで見せることを追求したい」のだと。
使うのは石川県で採取される花坂陶石を原料にした粘土。九谷焼で使われる白が際立つ透光性がある粘土です。釉薬には酒米の稲藁灰をかけることで、彩度の高すぎない透明感ある表情を生み出していますが、関西と東北という気候の違いはもちろん、米と麦でも色味が全然違ってくると、松田さん。
「今は稲藁を八幡平市の知人や秋田の酒蔵から頂いています。でも、永遠に同じ藁釉をとり続けるのは無理なこと。常に同じであることに固執せず、土地の変化を微妙に受け入れ、土の養分をたっぷり含んだ北国の藁釉を使っていきたいですね」。
「桜雲窯」の磁器は、九谷焼の伝統技法を生かしつつ、松田さんの手を経て岩手のモノとして深化しています。
松田あきこさん桜雲窯/おううんよう
陶芸を生業とする父親のもと、八幡平市で生まれ育つ。多摩美術大学に進学するも、陶芸の道へ進むべく、京都府立陶工高等技術専門校成型科終了。その後、石川県の妙泉陶房・山本篤氏に師事し、九谷焼の素地づくりを修業。2021年に盛岡にて開窯し、九谷焼きの素地づくりを行うと共に、その伝統的型打ち技法を生かした白磁の器づくりに取り組む。