「てまる」が生まれたわけ
「てまる」は、食事の時間を楽しめるように考えられた介護食器のブランドです。介護食器というと、どうしても壊れにくく安全で使いやすく……と機能性を重視し、料理をのせる美しさは忘れがちですが、「てまる」はそのどちらも大切にした食器。職人と(地独)岩手県工業技術センターが共同で立ちあげた「てまるプロジェクト」によって、何度も試行を重ねながら生みだされました。実際に介護事業所でモニター調査を行い、料理が美しく映え一人ひとりに馴染むものへと進化させてきたのです。
プロジェクトの代表であり、作り手の一人である工房・陶來の大沢和義さんは、「てまる」に込める思いをこう話します。
「そもそも自分たちが作る器は嗜好品の一つ。使い勝手だけではなく、そこに何か面白みを求める人が買ってくれます。あってもなくてもいいもの、ではなく必然性あるものを作りたいと思ってきました。その中で、介護食器である『てまる』は日常の食器でありながら、工芸品として美しいものを目ざしています」。
高齢者だけでなく、障がい者、幼い子どもまで誰もが使いやすく、器の作り手と使い手、そして料理を作る人など、たくさんの人の手(て)が輪(まる)となってつながり、人と人、人と社会の結びになって欲しいとの願いが込められた「てまる」。そこには、使う人それぞれの食事を想定した工夫が施されていました。
フォルム、触感、質感。すべては、心地よく使うため。
最初に作ったのは、カレー皿。皿の縁の返しによって、スプーンで楽にすくい取ることができるようデザインされています。高台が広く、片手でごはんをすくっても安定感があるのも特徴。また、めし碗のフォルムは応量器をアレンジしたもので、スタッキングが可能。ムダのないデザインは、介護や福祉現場に関わることなく普段の食事で使うのにもぴったりです。
形状や器の種類等を何度も試作しながら、2008年に「てまる」シリーズの販売がスタート。大沢さんをはじめ、陶器や漆器の作り手5人がプロジェクトに参加し、それぞれの素材の持ち味を生かしながら「てまる」の制作に励んでいます。
磁器という素材の魅力
滝沢市に磁器工房「陶來」を構える大沢さん。愛媛県砥部の磁器工房で10年ほど働いたのち帰郷して開窯。岩手県では数少ない磁器作家として自らの考える器づくりを追及してきました。
磁器は、水を吸収しないので材質が変化しにくく衛生的。壊れにくいという利点を持ちながら、熱伝導率が高いので熱しやすく冷めやすいという弱点もあります。シャープな印象でちょっぴりわがままな磁器という素材に、大沢さんは深く魅力を感じています
「焼き物全般に、窯に入れたあと偶然に生まれる化学変化の面白さが魅力ではあるのですが、磁器における『偶然性に頼らない』ところが好きなんです。作る側がある意味、コントロールしなければいけないというか」。
作り手がコントロールするのは、決してろくろで削って形をつくりあげることだけではありません。それができるのは、ろくろ成形、釉薬の使い方、焼きの行程における調整など、各段階での確かな技術があってこそ。穏やかな風貌の大沢さんですが、話す言葉には妥協せずに思い描くものをつくりあげることへの静かな追及心が垣間見えます。
「てまる」に見る、器づくりの真髄
「器につける文様などは、どうしても『自分』が出てしまう。器は作品ではなくて料理を引き立てるものだから、そこに必要以上に自分を出さないように心掛けています」。
それは普段の仕事にも共通する考えですが「てまる」を作りはじめてより強くなり、「てまる」は工芸の本道であると感じるようになりました。「器は芸術品ではない。使う相手がいて、だれかのために作るものである」であると。例えば、カレーをのせる皿なら、形状や大きさ、カレーの色を損なわないもの、と具体的に使うシーンを想定しながら作っていく……。すると、自分が作ったものでありながら、「自分のもの」ではないと気付くのだとか。
「万人にとっていいものは誰にとっても満足できないものになりがち。人はいつも選んでいます、ものを。その人にとって100%の器、本当のユニバーサルの器であることが大事だと思っています」。
大沢和義さん陶來
1957年岩手県盛岡市生まれ。東京デザイナー学院工芸工業科陶芸専攻卒。愛媛県砥部、梅野精陶所に勤務ののち帰郷し、岩手県滝沢村(現滝沢市)にて開窯。日本クラフト展入選、日本民芸館展優秀賞、伝統工芸新作展入選、岩手県ひとにやさしいまちづくり表彰(県知事表彰)受賞。